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2009-05-22(Fri)

V.A. 『Slum Dunk Presents

 2005年は、自分としては本当にCDを買わなかった年で、特に新譜の少なさといったら・・・という感じで、すっかり時代に乗り遅れていたわけですが。それを少しでも取り戻すべく購入したのがこのCD。

Funk Carioca
V.A. 『Slum Dunk Presents: Funk Carioca』
Mr. Bongo(2005年)





 


2005年は近年でも特にニューリズムや新しいスタイルの音楽が話題になった年だったと思う。前年、Asher「Yeah」で大ブレイクしたクランクはCrank'n Bなどという言葉を生み出し、レゲトンの勢いも増すばかり。そんな中に本当にアンダーグラウンドなシーンから登場したのが「バイレ・ファンキ」(バイリ・ファンキ)だった。その言葉通り、ポルトガル語で「ダンス・パーティ」を意味する言葉。マイアミ・ベースがリオのゲットーに流れ着き、政治的なメッセージとともに発展したチープなエレクトロ・ファンク・ミュージック。ブラジルのリアル・ゲットーから生まれたバイレ・ファンキが世界進出を始めたのが2005年だった。

 日本語解説から要約してみると、元々は70年代からJames BrownやSly And The Family Stoneなどの流行で、ブラジルにもファンキ(ファンク)シーンが生まれた。そのパーティを「バイレ・ファンキ」と呼んでいたらしいが、80年代後半になると、前述のマイアミ・ベースの影響でチープなエレクトロサウンドが導入されていく。それとともに政治的なメッセージも過激さを増して行くが、そこにギャングが介入したことによって、暴力的な事件が多発することとなる。そんなこともあってか、歌詞の内容はどんどんエロティックな方向に向かっていき、現在のスタイルができたとのこと。しかし、アンダーグラウンドなクラブミュージックのほとんどがそうであるように、その音源はCDRでの流通がほとんどで、まともなコンピレーションCDすら存在しなかった。

 ローカルな域に留まり続けていたバイレ・ファンキの存在が世界的に知られたは比較的近年になってから。某雑誌でカメラマンの石田隆昌さんが現地のシーンを撮影した写真が掲載されていたが、それすらまだ早い時間の、人があまり集まっていない時のものだった。ピークタイムが危険なのは今も変わりないらしい。それにしても、ブラジルの女の子たちのセクシーなことには参る。

tetine
TETINE

 このCDはロンドン在住のブラジル人2人組のユニット、テチーネがまさに現地でかけられている音源をコンパイルしたもの。音楽的には、ハッキリいってあまりたいしたものだとはいえない。でも、これを現地のクラブで体験したら・・・。僕はドラムンベースの最盛期にロンドンのブルーノートで行われていたGOLDIE主宰の「Sunday Session」に行って思い知らされたのだが、ローカルな音楽は現場に行ってみないとその真価は分からない。このCDで聴ける音楽も、リオのファヴェーラでこそその真価を発揮するものばかりなのだろう。

(2006.2.23)
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